デスクトップの省スペースでも本格的なオーディオを楽しもうとするのが、デスクトップオーディオ。専用の部屋を必要とせず、気軽に始められるのが大きな魅力だ。このデスクトップオーディオのためのD/Aコンバーター(USB-DAC)/ヘッドホンアンプとして今回紹介するのはRMEの「ADI-2/4 Pro SE」。
デスクトップオーディオの始まりはPCとUSB-DACをつないで実践するPCオーディオなどがその元祖とも言えるが、実はスタジオ録音などで利用される業務用機器の影響も大きい。
音楽制作の現場でデジタル録音が主流になった現在は、音楽の録音や編集などをPCで行うことが一般的だ。Pro Toolsという有名なアプリケーションソフトの名を知っている人も少なくないだろう。特に編集などの作業はPCでもできるので、自宅で音楽制作を行うことも増えてきている。プロのアーティストでも自宅で録音からマスタリングなどをすべて行う人もいるし、アマチュアの間でも宅録などをすることも多い。
PCでの音楽制作は、Pro Toolsの普及以降は録音スタジオ以外のいろいろな場所で行うのが当たり前になっているとも言える。そのために必要になるのが「オーディオインターフェイス」だ。
録音に必要なマイクやさまざまな楽器などをPCと接続するためのもので、音声信号をアナログ/デジタル変換するためのA/D(アナログからデジタル)、D/A(デジタルからアナログ)、D/D(デジタルからデジタル)コンバーターを兼ねている場合が多い。現在のオーディオインターフェイスはPCとUSBで接続する製品が多く、オーディオ的側面だけを見れば、USB-DACと同じ機能を持っているとも言える。
これらもスタジオ向けの規模の大きな機器があるが、どこでも作業を行うために非常にコンパクトに設計された製品もある。これらを自宅で使えば、音楽制作現場と同じ機器で音楽の再生も可能だ。
RMEは、そんなスタジオ録音用などの業務用機器を中心に発売しているドイツのメーカーで、製品ラインアップを見てみるとPCと接続するためのオーディオインターフェイス、マイクプリアンプ、A/D、D/A、D/Dコンバーターなど、いかにもスタジオ向けの機器がずらりと揃っている。さまざまな音楽制作機器メーカーとして広く知られ、多くのプロフェッショナルの現場で使われているのだ。
今回紹介するRMEの「ADI-2/4 Pro SE」は、業務用と家庭用製品の中間のような存在と言える。すでに定評のある「ADI-2 Pro」シリーズの最上位モデルとして開発されたもので、A/DコンバーターとしてもD/Aコンバーターとしても使用できる。
ヘッドホン出力は6.3mmアンバランス出力2系統と4.4mmバランス出力1系統。そのほかDSPによる独自の信号処理や、ジッターを極限まで抑制したAD/DA変換を実現する高精度クロック「SteadyClock FS」を備えるなど、家庭用オーディオ製品の文脈で語られるような機能性も充実している。
コンパクトサイズでも十分な機能を実現できたのは、メイン基板になんと10層の基板を使っているから。ヘッドホン出力でも独立した電源を備えるほか、ノイズなどの干渉のない設計になっているという。
さらに、厳選したオペアンプ「SoundPlus」は高いS/N、低い高調波歪み率、高スルーレート(動作速度)を実現し、アナログ回路全体は完全なシンメトリカル構成で、バランスおよびDCカップリングで設計されている。
「ADI-2/4 Pro SE」の前面左側に4.4mmバランスヘッドホン出力などを装備。215(幅)×180(奥行)×52(高さ)mm(ノブ、脚部含む)のコンパクトなボディに大きめのディスプレイが備わっていることが特徴で、入力信号の情報などを確認できる
中央のアナログ音声出力はXLRとTRS(フォーン)端子で、右のアナログ音声入力はXLR/TRS(フォーン)の兼用端子。業務用機的な装備だと言える。左側のUSB Type-B端子がPCとの接続用。対応サンプリング周波数/量子化ビットレートは、最大768kHz/32bit(PCM)および11.2MHz(DSD)
業務用としても使われるモデルだけに、機能は非常に豊富だ。本体の右側には大きめのIPS方式液晶ディスプレイが備わっており、「スペクトラル・アナライザー」機能を始め、入力信号やクロック情報の表示、本体設定も行える。
音質調整機能として、サンプリング周波数768kHzに対応する5バンド・パラメトリックイコライザーを搭載。機器による音質差の調整のほか、使用する室内のキャリブレーションなどに対応する。 そして、出力レベルは、組み合わせる機器に合わせて、+1、+7、+13、+19、+24dBuの切り替えが可能。入力感度を0〜+6dBの範囲で0.5dB刻みで微調整することもできる。これにより業務用/家庭用を問わず、さまざまな製品と安心して接続できるというわけだ。
PCとの組み合わせは、Windows、Macに対応するし、基本的には専用ドライバーは不要(WindowsでWDMやASIOに完全対応するには専用ドライバーが必要)。 そして、ユニークなところでは、なんとフォノイコライザー機能も備えている。これはRIAAモードを選択すると適用されるもので、MM型カートリッジに合わせて5段階の入力ゲインが選択できるなど、数々の機能を備える。すべてデジタル信号処理で高精度なイコライジングが行えるようだ。
一般的な家庭用製品よりも細かな設定ができ、初心者には難しいところもあるが、非常に高機能だ。自分でも音楽制作や録音もするという人にとっては頼りになるモデルと言える。
豊富な入出力端子を持つ「ADI-2/4 Pro SE」は、PCとつなぐUSB-DACだけでなく、ヘッドホンアンプ、プリアンプ、フォノイコライザーなど多彩な機能を備えている
出力レベルの調整画面。1/2(XLR)および3/4(6.3mm標準フォーン)を独立して調整できる
アナログ音声入力の設定画面。入力レベルの調整を始め、自動レベル調整や入力ゲインの微調整が可能
アナログ音声入力の設定では、A/Dコンバーターのフィルター特性も選択できる
A/D変換では、PCMだけでなくDSD変換も可能だ
そのほかの基本設定もこの画面で細かく行える
イヤホン試聴では、DITAの「Dream」を使用して行った。再生機器は「Mac mini」で再生アプリは「Audirvāna Origin」だ。
まずは「Mac mini」とUSBで接続、イヤホンを使って試聴を行った
アンバランス接続では6.3mm→3.5mm変換プラグを使用。ジャズ映画「BLUE GIANT」のサウンドトラックから「N.E.W.」を聴くと、テナーサックスの音が実体感豊かに浮かび上がる。息を吹き込む感じが生々しく、ほとばしるような勢いのある音の出方も力強く再現する。情報量たっぷりで、生音をスタジオでチェックしているような鮮度の高い音だ。
ピアノの音もタッチの感触もよく出るし、力強く鍵盤を叩いたときの鳴り方の変化もよくわかる。素早いパッセージがよどむことなく鮮明に鳴り、音の立ち上がり/立ち下がりがしっかりと出て躍動感がある。
サラ・オレインの「One」から「ボヘミアン・ラプソディ」を聴くと、声の強弱をしっかりと出すのはもちろん、抑えた歌唱のニュアンスの変化もよくわかる。コーラスもそれぞれがきれいに分離しつつ、調和したハーモニーの美しさもきちんと描く。
ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の「ブルックナー:交響曲第8番」から第4楽章は、ホールの響きをたっぷりと収録した録音で、ともすると響きが多めで個々の楽器の音が不鮮明に感じてしまうこともある。しかし、本機での再生では多数の弦楽器が一斉に音を出す様子や打楽器の力強い打音など、個々の音の実体感がしっかりと出る。もちろん響きもしっかりと再現しているのだが、芯の通った力強い音の印象が強い。
歌にしろ、楽器の演奏にしろ、それぞれの音を克明に描く鳴り方は、まさしくスタジオ用機器といったイメージがある。S/Nが高いことはもちろん、音に余計な付帯音や濁り・歪みもなく、キレ味の鋭い音像を再現してくれる。好みによってはもう少しマイルドなほうがよいと感じる人がいるかと思うくらい、ありのままの音を力強く鳴らす。
自分でも音楽を演奏や録音することもあるという人にとっては、自分の演奏を精密に聴き取れるので、とても好ましい音だと感じるのではないかと思う。音楽制作の現場でRME製品の評価が高いというのもうなずける。
続いてはスピーカー試聴。「ADI-2/4 Pro SE」のXLRバランス出力をベンチマークのプリアンプ「HPA-4」に接続、同じくベンチマークのパワーアンプ「AHB2」を介してB&Wの「Matrix801 S3」に接続している。再生機器は引き続き「Mac mini」+「Audirvāna Origin」だ。
試聴に使った「シン仮面ライダー音楽集」(左)
こちらも実体感がたっぷりの音像定位で、パワフルな音がしっかりと目の前に現れる。1曲目の「3ADB」は冒頭の逃亡シーンで使われる曲だが、疾走感たっぷりの曲調でしかも重厚なベースやドラムが追われている仮面ライダーたちの緊迫感を盛り上げる。この力強いビートをキレ味たっぷりに力強く鳴らすので、聴き応えは十分。
ローエンドの伸びもかなりのものだが、全体的なバランスとして低音のレベルが高いのではなく、全帯域で音が強い。低音は床を震わせるほどに力強く鳴るし、混声のコーラスもキレ味と迫力たっぷりだ。トランペットなどの高音の楽器も刺さるような鋭さがある。これだけ力一杯鳴る音で、中高域が耳に刺さるとか、キツさを感じないのも凄いことだ。低歪みであること、不要な雑味がないなど、音としてはあくまでも鮮明で、ひたすらに力強い。
音量などを手元でも操作できるリモコンが付属する。業務用製品とは言っても、家庭用のD/Aコンバーター兼プリアンプとしても使いやすいよう配慮されているということだろう。特にスピーカー再生ではあると便利だ
「BLUE GIANT」の「N.E.W.」では、若い3人のプレイヤーが力一杯に自分たちの音楽を観客にぶちかまそうとする元気のよさがしっかりと出る。テナーサックスは楽器特有のビリビリとした共振音も含まれるなど、音の質感と言うか生音の感触の再現性が高いのだ。
楽器に音に含まれるある種の歪みは変に増幅されず、歪みは歪みのまま、聴きづらい電気的な歪み感とは違う感触で再現される。このあたりの表現力は見事だ。
ピアノの音も、ハンマーがピアノ線を叩いた音だけでなく、特に低音パートでピアノのフレーム自体が共振しているような重量感たっぷりの低音の反響が鮮明に再現される。このライブ感はなかなかのもので、小さめのジャズクラブでピアノのすぐ側で聴いているような雰囲気が楽しい。
宇多田ヒカルの「One Last Kiss」のようなしっとりとした曲でも、声のニュアンスが豊かで厚みのある音像がしっかりと前に出る。これもまさにスタジオライブを間近で聴いているようなリアルさがある。歌い手の熱気と言うか気持ちがよく伝わる音と言うか、1つひとつの音に力を感じる。
これは試聴で使ったような大型スピーカーではなく、比較的コンパクトなスピーカーでもきちんと再現できると思うし、ニアフィールド試聴ならば、歌い手が目の前に現れたような生々しさまで感じられると思う。
人によっては、もっと広いホールのよい席でコンサートを聴くように、ある程度の距離を保った感じで音楽と向き合いたいと思うかもしれない。それくらい音の鮮度や情報量にしても、音像の厚みや実体感にしても音楽との距離が近い。業務用機器で評判のメーカーにはこうした音を出す製品は多いようにも思う。そういう意味では、一般的な家庭用製品と比べるとRMEの音はなかなか独特な感触だ。
僕はキレ味のよい辛口の音を好むが、RMEの「ADI-2/4 Pro SE」では、さらに研ぎ澄まされたキレ味と力強い音を満喫できる。好みは分かれるかもしれないが、こういう音はデスクトップに置いた小型スピーカーでも、こぢんまりとした音になりにくいし、小型スピーカーが苦手とする雄大なスケール感も味わえるタイプだと思う。
少し専門的な知識は必要になるが、組み合わせる機器によってゲイン調整をしたり、イコライザーを使い部屋の環境による影響を抑えたり、しっかりと使いこなしてやると、デスクトップでのオーディオ再生でもかなり上質な音を楽しめるはずだ。
自分で音楽を制作する人や録音するような人にもぴったりだし、音楽にどっぷりと浸りたいという人は特に満足度が高いだろう。業務用製品由来であるため、接続する端子に見慣れたRCA端子がないとか、少しハードルの高いところもある。それでも、興味を持ったならば一度は「ADI-2/4 Pro SE」に挑戦してみてほしい。
映画とアニメをこよなく愛するAVライター。自宅ホームシアタールームは「6.2.4」のDolby Atmos対応仕様。最近は天井のスピーカーの追加も検討している。