ソニーが7月21日に発売した“ポータブルシアターシステム”こと「HT-AX7」。着脱式スピーカーを含む3つのユニットで構成される奇抜な外見を採用し、スマートフォンやタブレット端末と接続して「360 Spatial Sound Mapping」によるパーソナルシアター体験……となると、ソニーが得意とする新カテゴリーのオーディオ製品と理解した人も多いだろう。
価格.comマガジンでは、発表時にその技術的な特徴などをレポートしている(記事はコチラ)。では、そんな「HT-AX7」を自宅で体験してみたら? 今回は音質やパーソナルホームシアターの効果の具合など、「HT-AX7」の実機を使用した体験レポートをお届けしたいと思う。
ソニーの“ポータブルシアターシステム”こと「HT-AX7」を実機レビュー
3つのスピーカーユニットが一体となった「HT-AX7」の奇抜な外観から、まだ「ソニーの独自コンセプトらしい変わったスピーカーが出てきたな」と思いがちだ。ただ、実は写真によく出る形で利用することは、基本的にはない。
製品の構成から解説すると、もっとも大きい横長のものがバッテリーを内蔵したフロントスピーカーで、上に2つ載った円盤状のものがバッテリーを内蔵する着脱可能なワイヤレススピーカーとなる。
フロントスピーカーの上に載っているワイヤレススピーカーは、パーソナルシアターシステムとして利用する際は取り外して使うのが前提
フロントスピーカーの天面部に充電端子があり、載せることでワイヤレススピーカーの充電が行える。連続再生はフロントスピーカーもワイヤレススピーカーも最大30時間だ
2つのワイヤレススピーカーは出荷時からフロントスピーカーとペアアリング済みで、最大30時間のバッテリー駆動が可能となっている。フロントスピーカー上部に用意された充電端子に置いて充電するというのが待機時のスタイルだ。
そして、「HT-AX7」で本格的に「360 Spatial Sound Mapping」によるパーソナルシアター体験する際には、この2本のワイヤレススピーカーを取り外して視聴位置の後ろに設置する。また音楽リスニングなどホームシアター以外の使い方をしたいときには、置き場をさほど気にせず、部屋の中で自由に置くという使い方も公式サイトで推奨している。
ワイヤレススピーカーを取り外した状態。フロントもリアもワイヤレスで利用できる“ポータブルシアターシステム”だ
「HT-AX7」が接続性や汎用性の面でどうしても難しく感じてしまいがちなポイントが“サラウンドの製品であること”だ。ただ、実のところ「HT-AX7」はスマートフォンやタブレット端末からはフロントスピーカーしか認識しないので、デバイスとしては2chステレオのBluetoothスピーカーでしかない。いわゆる“5.1ch”とか”Dolby Atmos”を伝送できる手段は持ち合わせておらず、そこはソニー独自のアップミキサーで復元するという形になる。
初期設定には「Home Entertainment Connect」アプリも併用するが、これはワイヤレススピーカーの音量レベルや低音レベルの調整に使う程度
「Home Entertainment Connect」アプリの設定画面。フロントスピーカーに用意されているボタンでは操作できないワイヤレススピーカーの「リアレベル」(音量調整)や「低音レベル」、「ナイトモード」や「ボイスモード」といった機能を細かく設定できる
Bluetoothスピーカーと同じ接続方法にすることで汎用性を確保するいっぽうで、リアスピーカーとして使える専用設計されたワイヤレススピーカーが存在するハードウェアと、「360 Spatial Sound Mapping」による「SOUND FIELD」でパーソナルシアターを作り上げるというのが「HT-AX7」という製品の本質だ。
ということで、さっそく「HT-AX7」によるパーソナルシアターを僕の書斎に作ってみた。
「HT-AX7」を使うにあたって考えておきたいポイントは、スピーカーの置き場だ。フロントスピーカーと2つのワイヤレススピーカーで半径1〜1.2m程度の三角形による配置が推奨されている。背後にスピーカー置き場が必要なだけでなく(公式写真では、ソファの背もたれに置くスタイルを推奨)、推奨距離に従うとフロントスピーカーもかなりの近距離になる。
目の前にフロントスピーカーを置いて、すぐ後ろの棚にワイヤレススピーカーをセット
結局、僕はテスト環境として割り切って、目の前のテーブルにフロントスピーカーを配置、既存のラックをワイヤレススピーカー置き場にして検証スタートした。ちなみに、ワイヤレススピーカーは「リアレベル」(音量調整)と「低音レベル」をアプリから調整できるが、思い切って「リアレベル」を最大に上げたほうが、音の包まれ感が出ておもしろいと思う。
映像を視聴するデバイス(=音源を再生するプレーヤー)は、スマートフォンやタブレット端末が一般的。Bluetoothワイヤレス接続のみ、SBC/AACコーデック対応、マルチポイント接続にも対応しているが、アナログ接続やUSBデジタル接続による音声入力はできない。
Bluetoothワイヤレス接続が可能ならPCと使うスタイルも考えられそうだが、残念ながらアプリ「Home Entertainment Connect」はiOS/Android版のみ。ただ、マルチポイント接続が可能なので、スマートフォンとPCの併用というスタイルなら運用可能だ。
実際に「HT-AX7」でYouTubeの動画コンテンツを視聴し始めると……第一印象として、想像していた以上に素直に音質がよかった。
価格.comマガジンのYouTubeチャンネルのコンテンツなどトーク中心の動画では、男性の声も適度な厚みとニュアンスが出るし、情報量と低音のパワーバランスも適度でちょうどよい。なお、独自のアップミキサーがうまく働いているのか、特に音の広がりを必要としない動画視聴の場合でも、「SOUND FIELD」をオンにして聴くほうが音のつながりがナチュラルになる。
サラウンド作品では、Netflix『マーヴェリック』を試してみた。本作はDolby Atmos制作、NetflixでもDolby Atmosで配信されている。タブレット端末とBluetoothワイヤレス接続した「HT-AX7」ではステレオでしか楽しめないわけだが……映画の臨場感の再現はとても優秀だった。冒頭の空母甲板のシーンから、前方遠くまで音空間が広がる。ただワイヤレススピーカーがリアにあるから後ろで音が鳴るというものではなく、自分を包み込むようなサウンドフィールドを作り上げてくれるようだ。マッハ10を目指すテスト飛行シーンの轟音も振動まではしないものの、空気に伝わるような重低音の量感をしっかりと再現してくれる。手元のタブレット端末で視聴する迫力をはるかに超える音響再現には大満足だ。
やはり本領発揮は元がサラウンド制作のコンテンツ視聴。映画観賞用に「HT-AX7」導入はアリ
それから、Netflixで『推しの子』を視聴していて気づいたのだが、ステレオ制作のタイトルでも、音響が作り込まれたシーンでは「HT-AX7」の「SOUND FIELD」の効果は大きい。『推しの子』のエピソード4の冒頭から5分のあたりから、水溜まりを踏む効果音、遠くから響く雷鳴、BGMの距離感まで映画風の立体感が出ていて、思わず「あ、いい……すごく本物っぽい」と感想を漏らしてしまったほど。「HT-AX7」はアニメ声優のボイスとの相性が非常によく、声に感情が乗って聴こえるところも優秀だ。
ステレオ制作のアニメの視聴にも、音質、サウンドフィールドともに相性のよさを感じる
「HT-AX7」は、音楽リスニングも独自のアップミキサーと「360 Spatial Sound Mapping」によって包み込まれるようなサウンドを体験できるというのが売り文句となっている。
そこで最新のヒットソングを50曲ほど聴いて体験してみると……「HT-AX7」の「SOUND FIELD」の効果がぴったりハマる曲と、そうでない曲があることがわかった。
「SOUND FIELD」の効果の相性を確かめるべく「AppleMusic」の人気上位曲を聴きまくってみた
特に相性がよかった音楽ジャンルは、ダンスグループや洋楽風サウンドの楽曲。NiziU『LOOK AT ME』、XG『SHOOTING STAR』、BE:FIRST『Bye-Good-Bye』などは相性抜群で、洋楽風のMISAMO『Do not touch』もうまくマッチしていた。またちょっと違ったハマり方として、ヨシルカ『アルジャーノン』、なとり『Overdose』、ずっと真夜中でいいのに。『綺羅キラー』なども、空間の広がりが音楽を聴く楽しみを演出してくれる。
いっぽう、あまり相性のよさを感じられなかったのが、男性ボーカルのロックなど、バンド系アーティストの楽曲。日本の女性アイドルグループの楽曲もあまり合わなかった。また、ジャズやクラシックなど音源に元から残響が含まれている楽曲も、意外にも自然な空間の広がりは出にくい。
これら以外のアーティストは「SOUND FIELD」を使うかどうかはお好み次第。フロントスピーカー本体やアプリから簡単に切り替えられるので、試す機会がある人はぜひ聴き比べてみてほしいところだ。
また、「HT-AX7」は「SOUND FIELD」をオフにして、部屋中に広がる心地よい音を楽しむ使い方も紹介されている。3つのスピーカーからの音がBGMのように部屋中を満たしてくれるというものだが、独自の信号処理によりスピーカー同士の音の干渉を抑制する技術が入っているという。
スピーカー配置も自由なレイアウトということなので、さっそく部屋の中に3つのスピーカーを配置して体験してみると……たしかに部屋中を心地よい音で満たしてくれて、十分よくできたサウンドだと思う。パーソナルシアターとして使わないときには、部屋の中の適当な位置にスピーカーを置いてBGMのように音楽を流す、そういった使い方で「HT-AX7」を活用するのも十分アリだろう。
「SOUND FIELD」をオフにした状態で音楽を再生してみた。今回は、写真内で僕が指さししている高所にフロントスピーカーを設置してテストを実施
特別な期待もせずに使い始めた「HT-AX7」だが……一番の感想は“想像していたより、ずっとよく作り込まれていた”ということ。「SOUND FIELD」も効果的で、体験のおもしろさは期待を上回った。2023年8月14日時点での価格.com最安価格が62,800円と決してお手ごろ価格とは呼べない製品だが、スマートフォンやタブレット端末でのコンテンツ消費がメインで、これらを中心にパーソナルシアターを揃えたい人や、単純に音のよいワイヤレススピーカーを欲しい人にぜひ体験しもらいたいモデルだ。
PC系版元の編集職を経て2004年に独立。モノ雑誌やオーディオ・ビジュアルの専門誌をメインフィールドとし、4K・HDRのビジュアルとハイレゾ・ヘッドフォンのオーディオ全般を手がける。2009年より音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員。