先立って公開したオンキヨー「TX-RZ70」のレビューに続いて、発売されたばかりのパイオニアのフラッグシップAVアンプ「VSA-LX805」のハンドリングインプレッションをお届けする。
パイオニアのAVアンプ「VSA-LX805」
外形寸法は幅435(幅)×468(奥行)×185.5(高さ)mm、重量は21.5kgとオンキヨー「TX-RZ70」とほぼ同等の巨漢アンプ。精悍なブラックフェイスで、これまたマニアのシアタールームにふさわしいルックスだ。
Dolby Atmos、DTS:Xなどのオーバーヘッド(トップ/ハイト)スピーカーを用いるイマーシブオーディオ対応だが、Auro-3Dには最新ファームウェアアップデートで対応済み。また同じタイミングのアップデートで、Amazon MusicのDolby Atmos音源再生にも対応した。
パワーアンプ構成は11ch。サブウーハー出力を2系統持つので、内蔵アンプだけで7.2chにオーバーヘッドスピーカーを4本加えた「7.2.4」再生が可能となる。増幅回路は、簡便なパワーICを使わないディスクリート構成のアナログAB級。ちなみに歴代のパイオニアのAVアンプを俯瞰してみると、型番の頭が「VSA」なのがAB級のアナログアンプで、「SC」と付けられた製品はクラスD増幅のデジタルアンプとなる。
HDMI入力6系統がすべて40Gbps(4K/120Hz、8K/60Hzパススルー)対応など、基本的な構成はオンキヨー「TX-RZ70」と同様。大きな違いは、フロントL/R用のXLRアナログ音声入力・プリアウトがあることと、サブウーハー出力(プリアウト)が4つあること。ただし、サブウーハー出力は2系統がパラレル出力。出力1のAとB(AとBは同出力)、出力2のAとB(こちらもAとBは同出力)で計4出力といった具合だ
内部構造も、やはりオンキヨー「TX-RZ70」と共通している部分が多い。中央前方の電源トランスを挟み、左右対称形にヒートシンク+パワーアンプ素子を配置するこの形は共通で、回路構成としてもベースは同様のようだ。「VSA-LX805」では定在波対策として独自形状のヒートシンクを採用するなど、差が設けられている
音楽のネットワーク再生時のクロックジッターを抑える「PQFA(Precision Quartz for File Audio)」もパイオニアらしい取り組み。この名前で思い出されるのが、パイオニア製Ultra HDブルーレイプレーヤーとの組み合わせ時にジッターを抑える「PQLS」。「VSA-LX805」は「PQLS」にも対応しているので、「UDP-LX800」「UDP-LX500」ユーザーは試してみるとよいだろう
またネットワークオーディオ機能を搭載し、DSD 11.2MHz、PCM 192kHz/24bitまでのハイレゾ再生が可能。Amazon Musicのほか、Spotify、Deezer HiFiなど各種ストリーミングサービスにも対応する。また、話題の音楽再生/管理の総合ソフトRoonの対応(Roon Ready対応)も、2023年秋のファームウェアアップデートで実現される予定だ。
なお、電源はアナログリニア回路、D/Aコンバーター素子は32bit処理8chタイプのESSテクノロジー「ES9026PRO」が2基採用されている。
Amazon Music対応や、ソフトウェアアップデートでのRoon対応もオンキヨー「TX-RZ70」と同様
本機で興味深いのが自動音場補正機能。パイオニアオリジナルの「MCACC Pro」と欧州流儀の「Dirac Live」という2種類の自動音場補正機能を有していることだ。
AVアンプの多くは自動音場補正機能を搭載している。たくさんのスピーカーを用いるサラウンド再生ではさまざまな調整が要求されるうえ、ルームアコースティック(室内音響)補正が高音質を得るうえでステレオ再生以上に重要となるからだ。
つまり自動音場補正機能とは、サラウンドシステムに用いられる各スピーカーからテスト信号を発生させ、リスニングポイント(とその近傍)に置いたマイクを用いてスピーカー込みの部屋の音響特性を計測、各スピーカーの距離や各スピーカーのレベル差を自動補正するとともに部屋固有の条件(寸法比など)によって生じる定在波が引き起こす周波数特性の凸凹(特に問題となるのが低音)を較正(こうせい)しようというもの。
その先鞭をつけたのがパイオニアで、「MCACC(Multi Channel Acoustic Calibration System)」と名付けられたその技術は、2001年の「VSA-AX10」で初搭載されている。
「VSA-LX805」に搭載されたのは「MCACC Pro」。各スピーカーの位相を揃えてサラウンドシステムのパフォーマンスを最適化するだけでなく、プログラムソースに記録されたLFE(Low Frequency Effect)成分の位相(時間)ズレを自動的に較正してくれる「Auto Phase Control Plus」も内包されている。
いっぽうの「Dirac Live」は、スウェーデンの音響技術会社が提案した自動音場補正機能。「MCACC」同様、テスト信号を発生させて部屋固有の音響上の問題を精査、周波数特性を整えるとともに、各チャンネルの音が立ち上がるタイミングを揃えるインパルス・レスポンス較正機能が盛り込まれている。
「VSA-LX805」に搭載されているのは、「MCACC Pro」。スピーカーならびにユニット間の位相管理までを試みる「MCACC」の最上位バージョンだ。「MCACC Pro」を搭載しているのは、現行機種では「VSA-LX805」のみ。「Dirac Live」の仕様は「TX-RZ70」と同じ。どちらかを好みで選んで利用できる
「MCACC」に含まれる独自機能で、特に注目すべきは「Auto Phase Control Plus」。コンテンツに含まれるサブウーハーchの位相遅れを検出し、リアルタイムで補正をかけるという機能だ。どれくらい補正がかかっているかは右写真のように数値で表示される
オンキヨー「TX-RZ70」に続いて、「VSA-LX805」でもセンタースピーカーなしの「6.1.4」システムでテストを実施した
テストは前回のオンキヨー「TX-RZ70」テストと同様、筆者の自室で行った。メインのL/Rスピーカーは、15インチウーハーと4インチコンプレッションドライバーを用いたJBL「Project K2 S9900」、サラウンドスピーカーとオーバーヘッドスピーカーにはLINNの「CLASSIK UNIK」を主に用いた「6.1.6」構成を採っている。サブウーハーは、イクリプス「TD725SW」。ここでは6.1chにトップスピーカーを4本(トップフロント、トップリア)使用する「6.1.4」構成でテストしてみた。
「TX-RZ70」で「Dirac Live」を試したので、ここでは「MCACC Pro」を使ってみることにしよう。
「VSA-LX805」本体に付属のマイクをつなぎ、テストトーンを発生させて測定を開始する。各スピーカー込みで部屋固有の残響特性や定在波特性を測っていくわけだが、その時間およそ20分。「Dirac Live」に比べると、おそろしく長いが、基本的には買ってきて最初に一度測定すればOKなので、時間をかけることで精密な測定結果が得られると考えれば、個人的には20分待つことなどどうってことはないと思う。
「MCACC Pro」の測定には必ず付属のマイクを使う。「TX-RZ70」で使ったminiDSPの別売マイクは「VSA-LX805」でも使えるが、あくまで「Dirac Live」専用だ
「TX-RZ70」とほぼ同じ形の自照式リモコンが付属する
ディスクプレーヤーにはパナソニックの「DMR-ZR1」を用いて、本機とHDMI接続。まずはブラジル人女性シンガー、マリア・ベターニアのCDを聴いてみた。再生モードは音場補正などの効果がオフになる「Pure Direct」。
これがオンキヨー「TX-RZ70」と音調が異なり、とても興味深い。滑らかで色艶がよいボーカル、音場を立体的に描写するというのは両モデルで共通しているが、音色は「TX-RZ70」が暖色系で本機「VSA-LX805」が寒色系。リズムの表現については本機のほうがより軽快で闊達、抜けのよさを訴求する音調だ。
比較すると、「TX-RZ70」はより重厚で、濃い口のサウンドに思える。要素技術をある程度共通化しても、それぞれのブランドが培ってきた個性、持ち味がしっかりと受け継がれていることに大きな感慨を抱かされた次第。これはまさにパイオニア伝統の音だ。
192kHz/24bitのリニアPCM音声が2chで収録されたブルーレイ「坂本龍一 Plays the Orchestra 2014」のパフォーマンスもすばらしかった。「TX-RZ70」よりもいっそうクリアなサウンド、低音楽器群のセパレーションが良好で、そのハーモニーが混濁しないところにこのAVアンプの実力の高さを実感させられることとなった。
ピンク・フロイド「狂気」の50周年記念ボックスに収められていた、Dolby Atmos音声収録のブルーレイオーディオ盤を再生してみた。ここでストレートデコードとなる再生モード「Direct」を選び、「MCACC Pro」をオンにしてみた。各チャンネルの位相を揃え、低音の伝送周波数特性を整えた状態が形成されるためだろう、Dolby Atmosの3次元音場がぐんとワイドに広がり、それぞれの効果音や楽器の音像がより明瞭に定位するようになり、その効能に改めて驚かされる結果となった。
四方八方から流れ出す「タイム〜ブリーズ(リプライズ)」の時計の音、「マネー」のレジスターの音がとてもクリアでドキッとするほど音の立ち上がりが速い。オンキヨー「TX-RZ70」で「Dirac Live」をオンにしたときにわずかに感じられた「音がナマる」感じがまったくないのも「MCACC Pro」の美点のように思える。
Ultra HDブルーレイ、スピルバーグ監督の「ウエスト・サイド・ストーリー」のDolby Atmos再生のパフォーマンスも文句なし。音像の実在感の確かさでは「TX-RZ70」もすばらしかったが、3次元音場のスムーズな広がり、特に高さ方向の広がりについては「MCACC Pro」を入れた本機に軍配が上がる印象だった。ダイアローグの軽快さやサウンドエフェクトの立ち上がりのよさも、本機ならではの美点だろう。
また、元々のコンテンツに収録されたLFE(サブウーハーch)の時間的なズレ(ほかのchに対する遅れ)を補正する「Auto Phase Control Plus」がどう動作しているかを再生したディスクごとに表示させてみると、3msecから6msecほどの時間遅延が存在することがわかった。この機能が果たす役割はきわめて大きく、LFEの時間遅れがなくなることで、サラウンドサウンド全体のスケール感が圧倒的に向上することがわかる。これは「MCACC」ならではの利点と言ってよいだろう。
「Auto Phase Control Plus」の効果は音楽作品で発揮されることが多い。「狂気」では2msec前後のLFE(サブウーハーch)の補正をしていた
さて今回拝借したテスト機は、先行してAuro-3DとAmazon MusicのDolby Atmos音源再生対応が果たされた個体だったので、両方の音源についても試聴してみた。
Auro-3Dというトップスピーカーを用いるイマーシブサラウンドフォーマットは、わが国ではなじみが薄いが、欧州のクラシック音楽を中心としたインディペンデント・レーベルから多くのコンテンツがブルーレイオーディオ盤で発売されている。
その立体的で美しい響きに惹かれて代表的な作品を数十枚入手したが、僕のいちばんのお気に入りは「2L」レーベル(ノルウェー)の「MAGNIFICAT(マニフィカト)」(キングインターナショナルが日本の発売元)。これはノルウェーのトロンハイム大聖堂で収録された、女声合唱団とトロンハイム・ソロイスツ、パイプオルガンの共演作だ。
この作品のAuro-3D音声を本機「VSA-LX805」で再生すると、天井の高い石造りの大聖堂の美しい響きが生々しくよみがえってきて、うっとりとその再生音に聴き惚れることに。まだまだメジャーとは言えないAuro-3Dだが、臨場感に満ちた音楽体験を求める人には、ぜひチャレンジしていただきたいと思う。
Amazon MusicのDolby Atmos音源については、今のところ玉石混交といった印象で、これを「アトモス化」してどうする? と思える音源が多い。しかし、ハリー・スタイルズの作品など3次元立体音響ならではの面白さを実感させてくれる作品も出てきているのは確かで、今後の発展に大いに期待したい。本機のようなすばらしい音を実現したAVアンプがAmazon MusicのDolby Atmos音源対応を果たし始めたのだから。
ビーチ・ボーイズの「Pet Sounds」など、Dolby Atmosミックスの注目作品は徐々に登場している。本作を手掛けたのは、一連のビートルズ作品のDolby Atmosミックスを担当したジャイルズ・マーティンだ
AV専門誌「HiVi」「ホームシアター」の編集長を経てオーディオビジュアル(AV)評論家へ。JBL「K2 S9900」と110インチスクリーンを核としたホームシアターシステムで、最高の画質・音質で楽しむAVを追い続けている。