テレビやオーディオ機器を買おうとしたとき、レビュー記事を参考にする人は多いだろう。しかし、レビュー記事は、機材の借用期間や取材時間の観点から、比較的短時間触ってまとめるケースが少なくない。製品のよさや特徴を伝えるならそれでも十分だが、消費者のひとりとしては「もし買ったらこんな使い方したいけど、どうなんだろう?」と、自分の生活に組み込んだ場合の使い勝手を知りたいし、伝えられればと思っていた。
そこで、1か月のロングテストを企画し、編集部やメーカー、代理店に無理を言って実施させていただけることとなった。筆者の生活に組み込んだ状態をご覧いただき、自分の生活に置き換えて参考にできる部分があれば幸いだ。
選んだ製品は、デノンのCEOL(キオール)シリーズ最新モデルとなるCDレシーバー「RCD-N12」だ。なぜ今回この製品に注目したのかというと、筆者がとても似た仕様の製品であるマランツ「M-CR611」を長年愛用しているから。
下の図は、「RCD-N12」と「M-CR611」の比較表だ。約30cm四方のサイズ感も3.4kgの質量も、アンプを内蔵してCDを再生できる点も同じ。コンセプトこそ共通しているが、その内容には隔世の間がある。最も大きな違いが、ネットワークとの親和性だ。
「M-CR611」はインターネットラジオ機能を備えてはいるものの、対応するサービスが「vTuner」となっている。本機の発売当初の2015年からしばらくは無料で使えたものの、2020年頃には有料化してしまい一気に使いにくくなった。AirPlayも旧世代のままで、さすがに仕様の古さを隠せない。
対する「RCD-N12」は独自のネットワークオーディオ機能「HEOS(ヒオス)」に対応し、アプリから多様なサービスを利用できる。インターネットラジオにはTuneInを採用。広告が入るものの、無料で国内外にある10万のラジオ局の番組を楽しめる。高音質音源を再生できるAmazon Musicや、Spotifyといったサブスクサービスも利用可能だ。
「RCD-N12」の正面。剛性を高めるため、筐体は一体成型としている。側面につなぎ目がなく見た目にも美しい
2023年11月時点の旧「HEOS」アプリ。ここから再生したいサービスを選んだり、ソースを切り替えたりする。Amazon Musicのように遷移後の画面で楽曲を選べるものもあるが、独自UIのためプレイリスト主体で表示され、とにかく聴きたい曲を探しにくかった
ほかにも、フォノ入力(MM対応)、ARC対応のHDMI端子まで備えており、それこそ音楽サブスクやネットラジオ、CDやアナログレコード、さらにテレビにつないで映画やゲームなどあらゆるコンテンツをこれ1台で楽しめるすぐれものと言える。
「RCD-N12」の背面。コンパクトながらフォノ入力とARC対応のHDMI端子を備える
「RCD-N12」が発表されてからというもの、自身が愛用する「M-CR611」からどれほど使い勝手と音質がよくなっているのかずっと気になっていた。今回、ロングテストにかこつけて、進化ぶりを確かめる機会をもらった格好だ。
左が愛用中のマランツ「M-CR611」、右が今回試したデノン「RCD-N12」。並べてみるとサイズも重さもほぼ同じ
レビューにあたり、「RCD-N12」と組み合わせるスピーカーとしてBowers & Wilkins(B&W)のブックシェルフスピーカー「707 S3」を一緒に借用している。こちらは、2022年12月に発売されたシリーズ最新モデル。2ウェイ2スピーカー・バスレフ型で、ユニットに25mmドーム型ツイーターと130mmコーン型ウーハーを搭載する。サイズは165(幅)×284(奥行)×300(高さ)mmとコンパクトで扱いやすい。
Bowers & Wilkinsのブックシェルフ型スピーカー「707 S3」
まずは、「M-CR611」を置いていた筆者の書斎(要は作業部屋)に「RCD-N12」をセッティングする。最初にWi-Fiルーターに本機を接続する。難しく思われるかもしれないが、「HEOS」アプリがあれば簡単だ。
セッティングはこんな感じ。今は使っていない頑丈なテーブルの上に置いている
まずは、筆者が「M-CR611」で最もよく利用しているCD再生から試す。音が出るやいなや、音の明瞭さに驚いた。
「RCD-N12」のサウンドは解像度が高く音の立ち上がりがシャープだ。音像もきわめて明瞭で、定位がはっきりしている。楽器の位置や音の聴き分けもしやすい。
アンプの駆動力も高く、大音量でも小音量でも7畳ほどの広さの部屋が音で満たされる。「M-CR611」も音に勢いはあるが、やや表現の繊細さに欠く。聴き比べなければわからないレベルだが、やや大味なサウンドの印象だ。対する「RCD-N12」は繊細さに駆動力も兼ね備えており、ブックシェルフ型スピーカーを鳴らしているとは思えないほど広い音場を構築してくれる。
筆者が普段からCDをよく聴いているのは、「アルバム」という括りが好きだから。最初にオープニング的な曲があり、次にシングルで発売された有名曲があり、マイナーだけど作り手のこだわりの詰まった曲が続き……といった具合に、選曲から曲順などに作り手のこだわりやストーリー性があるように思えるのだ。このアルバムを端から端まで味わいたく、CDをよく聴いている。それが、より高音質で楽しめるなら、テンションも上がるというもの。
本体天板の手前にタッチ式の操作ボタンがあり、再生や選曲、ボリューム調整などができる。写真のCDはスティーリー・ダンの数少ないライブ盤「アライヴ・イン・アメリカ」。リスニング体験がすばらしく、そのほかのCDも取っ替え引っ替え聴いた
もちろん、CD以外にも音楽サブスクサービスでもさまざまな楽曲を聴いている。続いて「HEOS」アプリから音楽サブスクサービスを再生しよう。
最初に試したのが、Amazon Music。「HEOS」アプリからアカウント連携することで、直接選曲や操作が可能になる。アプリひとつでシームレスに楽しめるのは便利だ。しかし、挙動が安定しない。音楽が再生されることはあるものの、曲が次に移ったり、手動で切り替えたりすると接続が切れてしまう。Wi-Fi接続をやり直したり、スマホを変えたりしたものの、筆者が試した範囲ではうまくいかなかった(試用したのは2023年11月時点の最新ファームウェア。2023年12月の大型アップデート後に再テストを試みたものの、改善にはいたらなかった。詳細は末尾にて)。
※2024年6月2日、追加でのHEOS再生テスト記事を公開。不調の原因はIPv6の通信に非対応であることが判明しました。詳細はこちらから。
早々に頭を切り替え、「HEOS」アプリに連携しているSpotifyで聴くことにした。「RCD-N12」は、「Spotify Connect」に対応しており、Spotifyアプリで実行した楽曲を直接本体でストリーミング再生できる。設定は簡単。「HEOS」アプリの「Spotify」をタップすると、Spotifyアプリが立ち上がる。スピーカーのアイコンをタップすると「Spotify Connect」対応機器が表示されるので、ここで「Denon CEOL」を選ぶだけ。
「Spotify Connect」の機器選択画面。型番の「RCD-N12」ではなく、シリーズ名のCEOL(赤枠部分)が表示されるので、間違えないように気をつけよう
「Spotify Connect」では「RCD-N12」がダイレクトにデータを受信・再生しているだけあり、Bluetoothで聴いたようなくぐもった感じは皆無。明瞭で聴きやすいサウンドだ。聴いていてとにかくありがたかったのが、アプリをリモコン感覚で使えること。普段Spotifyを聴いているのと同じ感覚でスマホからプレイリストや曲を探せるのは超便利だ。こうして、CDやSpotifyを中心に約10日間楽しんだ。
「RCD-N12」の音質がすばらしいことはわかった。しかし、まだ魅力のひとつであるHDMI接続を試していない。書斎での利用を切り上げ、テレビのあるリビングに「RCD-N12」と「707 S3」を設置することにした。
拙宅のリビングのテレビ周りには、大きく「安価なプリメインアンプでアナログプレーヤーやハイレゾ音源を聴くためのオーディオシステム」と、「テレビとHDMI(ARC)接続したサウンドバー」の2種類のセットがある。テレビの横にスピーカーを設定しているため、テレビの音声もそこから流せるように見えるが、実際は連携が取れていない。
それこそ、プリメインアンプをデノン「AVR-X1800H」やマランツ「NR1711」のようなAVアンプに替えることも検討したのだが、多機能すぎてトゥーマッチな感が拭えない。「RCD-N12」はサイズ感や機能、性能とも筆者のリビングに“ちょうどいい”アイテムと言えるのだ。
「RCD-N12」が搭載するARC対応HDMI端子の「ARC」は、「Audio Return Channel」 (オーディオ・リターン・チャンネル)の略。テレビの音声信号をHDMIケーブル経由で、再生機器に出力できるという規格で、接続はHDMIケーブル1本で済む。つまり、テレビ側のARC対応HDMI端子と「RCD-N12」のHDMI(ARC)端子をつなげばOK。
「RCD-N12」と「707 S3」を設置して、テレビとHDMIケーブルで接続。テレビの電源をオンにすると、連動して「RCD-N12」の電源もオンになる。オフの際も同様で、テレビの電源を消せば、「RCD-N12」もオフになる。地味なポイントだがかなり便利だった。
さて、電源を入れて映像は出ているものの肝心の音声が出力されていない。「RCD-N12」前面の液晶ディスプレイを見ると「非対応です」とあり、マニュアルを見ると「HDMI ARC 経由でのテレビ音声の再生は、PCM2チャンネルのみ対応」とのこと。すぐにテレビ側の音声出力設定をPCMに切り替えると、無事音声が出た。
正面のソファに座って地上波のバラエティやスポーツ番組、Netflixの映画やドラマなど複数のコンテンツを試したが、実に聴きやすいサウンドだ。テレビでの出力のように声がモゴモゴする感じはなく、きわめて明瞭だった。
特に感激したのが、筆者がよく見るスポーツ中継。音場が広く、歓声がスタジアム中を駆け巡って波のように押し寄せる感覚がよくわかる。2chと思えないほど臨場感あるサウンドであり、音場を的確に表現する力があれば、こんなにも没入感を味わえるのだと知った。
ちょっとわかりにくいが、右端のラックに「RCD-N12」を中心としたオーディオ機器が置いてある。スピーカーは、テレビの両サイドのスタンド上に設置した
続けて、筆者が最近はまっているゲームを試す。テレビのHDMI入力をゲーム機に切り替え、一人称視点のオープンワールドRPGをプレイしたのだが、こちらも正直驚きの高音質だった。特に、S/Nの高さと定位のよさは普段使っているサウンドバーとは比べものにならないレベルで、相手のキャラが画面外の右側なのか、やや後ろなのかといった立体的な音の違いも容易に聴き分けができた。さすがに、真後ろの音までは聴き分けが難しかったが、背後の気配は感じ取れたから不思議だ。
もう一つ面白かったのが、レースゲーム。エンジン音もさることながら、サーキットごとに異なる音の反響具合やこもり具合などがきわめてリアルだった。大げさに思えるかもしれないが、集中してプレイしているうちにゲーム空間の中に身を置いているような感覚になった。
ゲームのプレイ中。タイトル画面のオーケストラ調のサウンドが体を貫くほど浸透力があり、ゲームを始める前から鳥肌が立つほど衝撃を受けた
普段から、リビングではよく高校生の娘と音楽サブスクをBluetooth経由で聴いている。CDプレーヤーを使って音楽を聴けなくもないのだが、プリメインアンプとプレーヤーの電源を入れ、入力を切り替えてと娘には煩わしいようでほとんど使っていない。それが、「RCD-N12」の場合は、トレイを開きディスクを入れるだけでOK。自動でソースが切り替わり再生が始まる。
サウンドは、書斎と同じように明瞭で解像度が高いのがよくわかる。特に好印象だったのが、駆動力の高さ。リビングはダイニングと合わせて22畳ほどの広さだが、正面に居なくても細部まで聴けるほどエネルギー感の高いサウンドが空間の隅々まで行き渡っていた。どうやら「RCD-N12」は、「M-CR611」同様に4ch分のアンプを内蔵して内部でBTL接続しているそうで、エネルギッシュなのも納得だ。
娘が音楽サブスクで聴いているYOASOBIのCDをプレイ。Bluetooth経由で聴くよりも明らかに音像がクリアで聴きやすいサウンドだ
最後に、筆者が日頃聴いているアナログレコードのインプレッションをお届けしたい。レコード盤を設定して、入力を「Phono」に切り替える。針を落とすと、力強いサウンドがリビングに響き渡る。アナログと思えないほどS/Nがよい、瑞々しい音だ。音像は立体的で、空間に奥行が感じられる。
「RCD-N12」はコンパクトながらMM対応のフォノイコライザーを搭載している。安価なレコードプレーヤーにもフォノイコライザーは内蔵されているが、あくまでも簡易的なもの。筆者の勝手な想像だが、フォノイコライザーがないオーディオ機器でも聴けるようにと配慮のもと付けられたもので、ノイズが混じるケースが少なくない。その点、「RCD-N12」のフォノイコライザーは、雑音が入ったりハウリングが発生したりすることはなかった。これだけでも、本機を組み合わせる価値は十分にある。
かけているレコードは、2023年1月に惜しまれつつこの世を去った高橋幸宏が組んでいたバンドMETAFIVEの1stアルバム「META」
「RCD-N12」の価格.com最安価格は89,100円(税込、2024年1月16日時点)。もし、購入するなら、対抗馬には筆者が持っているマランツ「M-CR611」の最新型「M-CR612」や、CEOLシリーズの従来モデル「RCD-N10」があがる。
「M-CR612」は価格.comの最安価格で52,000円(税込)、「RCD-N10」は同39,400円(税込)となるが、いずれもHDMI端子がない。当初は「HDMI端子だけに3〜4万円も出せない」と考えていたが、体験を終えて筆者は「3〜4万円の追加でこれだけテレビの音声を明瞭に聴ける」と考えるようになっていた。それほどテレビの音の質が明らかに高まったのだ。
結局、この日から返却するまでリビングには「RCD-N12」があり、映像にゲームに音楽にとさまざまなサウンドを楽しんだ。
CDも音楽ストリーミングもアナログ盤もよかったが、やはり映像との組み合わせは実用的にもサウンド的にも満足度が高かった。返却後にこれまで使っていたサウンドバーに戻したものの、定位が弱く音が貧弱に感じられ家族からもブーイングをもらってしまった。
「HEOS」アプリがちょっと不安定だったのは残念だったが、「Spotify Connect」がそれを補って余りあるほど使いやすかった。リビングで音楽もテレビも楽しんでいるなら、「RCD-N12」を中心に据えることで、日々の暮らしの品質が一気に高められるはずだ。
なお、後日談として返却後に「HEOSアプリ大型アップデート」の知らせが届いた。これにより、挙動が改善されているかどうかを再テストした結果を以下に記しておく。
今回の「RCD-N12」のレビューの後、2023年12月中旬に大幅アップデートされた「HEOS」アプリについても後日改めて試してみた。今回アップデートされた点は大きく3つある。
(1)画面構成を一新
(2)Bluetooth送信機能の追加
(3)Dirac Live Bass Control対応
このうち、(2)はプリメインアンプの「PMA-900HNE」とネットワークオーディオプレーヤー「DNP-2000NE」のみが対象。Bluetoothでの音声入力に対応するヘッドフォンやスピーカーなどの機器に音声信号を送り、再生できるようになった。
(3)も特定の機種のみのアップデートとなり、対象はAVアンプ「AVC-A1H」「AVR-X4800H」「AVR-X3800H」の3モデル。Dirac Liveは利用する部屋と環境に合わせて音響特性を補正する機能で、周波数帯域とインパルス応答を最適化する「Room Correction」と、サブウーハーの補正を担当する「Bass Control」の2種類に分かれる。今回は後者に対応した。
アップデートの柱と言えるのが、(1)のインターフェイス刷新だ。従来のメイン画面は、メニュータブが「ルーム」「ミュージック」「再生中」に分かれていた。楽曲を再生するには、「ミュージック」タブからサービスを選び、遷移先で曲やプレイリストを選ぶ。再生中の楽曲を確認するには、「再生中」タブに移動する必要があり、タブの行き来が面倒だった。また、サービスを切り替える際も、いちいちミュージックタブから選び直す必要があった。
アップデート後のアプリでは、メイン画面のメニューが「ホーム」「ルーム」「検索」の3種類に変更された。最初に表示される「ホーム」では、上から「ラジオ」「ミュージックサービス」「ソース」と分かれており、再生できるサービスや楽曲、入力系が並ぶ。便利なのは、サービスごとにタブを切り替えたりアイコンから入り直したりせず、1画面上で切り替えられるようになったこと。「ラジオ」からAmazon Musicのおすすめ楽曲に切り替えたり、「ソース」でBluetoothを選びスマホに保存した音楽ファイルを聴いたりと、簡単に操作できる。
再生中の楽曲は画面下部に帯状に表示され、ここをタップするとタイムバーのある詳細画面が現れる。さらに、ホーム画面は表示順のカスタマイズが可能。順番を変えられるほか、よく聴くサービスやプレイリストを「お気に入り」に設定して一発で呼び出すこともできる。
「ルーム」はほかのHEOSアプリの登録や切り替え、「検索」は使えるよう設定したサービスを横断してキーワード検索するタブとなっている。
左のホーム画面上段から「ラジオ」「ミュージックサービス」項目が並ぶ。「ラジオ」は「TuneIn」のラジオ局が表示される。画面をスクロールしたのが右画面。上部は「ミュージックサービス」のサービス追加ボタン。下段は「ソース」(入力)の切り替え
サービス追加ボタンを押すと、左の画面に切り替わる。Amazon Musicを選ぶと、Amazonアカウントのログオン画面に遷移する。Amazonアカウントでログインすると、右画面のようにアカウントに紐付いた楽曲やプレイリストが表示される。ここからタイトルを選べば曲が聴ける……はず
ただ、残念ながらAmazon Musicの挙動は、アップデート前と同様に不安定だった。「RCD-N12」を工場出荷時の状態にリセットしたり、スマホを初期化したりと手を尽くしたが、タイムアウトして再生が始まらなかった。この点が解消されれば、UIの便利さが際立つはず。早期の改善に期待したい。
※2024年6月2日、「HEOS」の追加検証記事を公開しました。