東京・浅草かっぱ橋道具街にある料理道具専門店「飯田屋」。6代目店主の飯田結太さんは、おろし金オタク、通称「オロシニスト」として多くのメディアに出演している。聞くところによると、これまでに300種類以上のおろし金を使い比べてきたそう。
まず、おろし金にそこまでの種類があったことに驚きだが……とにかくすごい
その知見を生かし、ついには自身でもおろし金を開発してしまったという。名付けて、「エバーおろし」。オロシニストが作ったエバーおろしとは、一体どんなシロモノなのだろうか? 飯田さんを訪ねてみた。
飯田結太さん
――さっそくですが、「エバーおろし」について教えてください。
飯田結太さん(以下、飯田):ひと言でいえば、エバーおろしは「食材を“ふわふわ”におろすことを極めた、究極の国産おろし金」です。
――ふわふわに……。正直、おろし金ってどれも同じだと思っていました。
飯田:僕も以前はそう思っていました。でも、同じ食材でもおろし金が違うだけで出てくる成果物の味、風味、やわらかさ、大きさって全然変わってくるんですよ。たとえば、日本と海外でもおろし金にも違いはあります。
日本で主流のおろし金
飯田:日本では、羽子板タイプと受け皿タイプのおろし金が一般的です。そして、両方に共通しているのは、刃の立ち上がりが高いこと。つまり、トゲトゲしているんですよ。そのため、大根おろしのように食感を残したい食材との相性は抜群です。
海外で主流のおろし金
飯田:いっぽう海外では、スティックタイプのおろし金が一般的です。刃は日本と違い、立ち上がりが低く、穴が無数に空いているのが特徴ですね。この形状は、チーズのように香りを立たせたい食材と好相性なんです。
――なるほど。食材によって、適したおろし金の形状が違うと。
飯田:刃の立ち上がりが高ければ高いほど、食材が当たる時の抵抗が強くなるため、成果物は粗くなります。そして、刃の立ち上がりが低ければ低いほど、その抵抗が弱くなるため、細かくなります。つまり、ふわふわな状態に下ろすには、刃は極力寝ているほうがよいわけです。
そしてこれが噂の「エバーおろし」
――エバーおろしの刃はどっちのタイプですか?
飯田:海外式です。ただ、理想的な“ふわふわ”を実現するために刃の立ち上がりには、0.01mm単位でこだわりました。先ほど、立ち上がりが0mm(フラット)に近いほど細かく、ふわふわに下ろすことができるとご説明しましたよね? とはいえ、フラットに近づきすぎると、今度は食材が滑ってしまい、おろすことができません。そのギリギリのラインにこだわった商品こそ「エバーおろし」なんです。
――0.01mm! そこまで微妙な違いって素人にもわかるものですか?
飯田:目視や触っただけではわからないと思いますが、成果物を食べればきっとわかると思います。刃の立ち上がりが微妙に違うだけで、食材の細かさは変わりますから。
また、細かいと空気と触れやすくなるため、風味が増します。そして、風味が増すことによって、鼻腔が刺激され、味をより深く感じられますよ。
製作におよそ3年を費やした刃。高さを変えて試作した刃の数は20以上にものぼる
飯田:また、刃には日本式の特徴も採用しています。刃の立ち上がりが低いと、細かくはなるんですが、半面おろすのに時間がかかってしまうんですよ。加えて、海外のおろし金って片刃なんです。なので、押した時のストロークでしかおろせません。そこで、日本式の両刃にすることで、押した時、引いた時、両方のストロークでおろせるようにしました。
――日本と海外のハイブリッドな刃なわけですね。
飯田:ほかにも、エバーおろしには日本式のよさが詰まっています。たとえば、受け皿付きなのもそうですね。
――確かに、海外式はスティックタイプでした。
飯田:受け皿タイプのおろし金は、飯田屋でも90%ほどのシェアを占めています。この形状は安定しているため、軽い力で食材をおろすことができます。また、食材をおろしている間も飛び散る心配がなく、お皿やバットなどの道具を用意する必要がありません。
――受け皿があるだけで、使い勝手がグンと向上しますね。ただ、若干サイズが小さいような気もするのですが?
飯田:よくぞ、気がつきましたね! 薬味って小さい食材が多いじゃないですか? それに最近では狭いキッチンで料理する方が多いため、あえてコンパクトサイズに設計したんですよ。
店舗には250種類以上のおろし金をストックしているが、全然足りないそう
飯田:持っていただくと、どこか手になじみやすくないですか? 実はこのサイズ、名機と呼ばれた「iPhone6」を模しているんです。大きすぎず、小さすぎない、誰しもが持ちやすいサイズ感にしました。
――確かに、スマホのように手にしっくりきます。
飯田:もちろん、置くだけでなく、刃だけを持ちながら料理にそのままトッピングする使い方もありです。その際も持ち慣れたサイズだからこそ、簡単におろすことができますよ。
刃付けから金型、最後の仕上げまですべて国内で製造している
飯田:さらに、もうひとつ。エバーおろしは、おろした食材が下に落ちやすいよう、可能なかぎり穴を大きく開けています。また、洗う時も水道の水流でサッと洗い流せる設計にしています。使う時だけでなく、使用後のストレスもないため、気持ちよく使い続けられると思いますよ。
前置きが長くなってしまったが、実際に使ってみよう。
飯田:今回はエバーおろしに適した食材をそろえました。どの食材も“なでるだけ”で食材がおろせます。今まで味わったことがないほどの"ふわふわ"を体験してみてください。
おろした瞬間からチーズの香りが広がる
飯田:今回はパルメザンチーズを使います。まるで淡雪のような極上の細かさになり、フッと息を吹きかけるだけで舞うレベルです。
クラシカルなチーズグレーターでも削れるが……
エバーおろし(右)と比べると、チーズグレーター(左)は粗さが目立つ
飯田:やはり粗く削ると、舌にチーズが残る感じがあります。それに比べて、エバーおろしは、触っただけでふわふわが感じられます。もちろん、粗削りがお好きな方はチーズグレーターで十分だと思いますよ。
受皿を外して、刃の部分だけでも使用OK
飯田:そのままチーズをパスタの上に振りかけたり、サラダの上にかけてシーザーサラダを楽しんだりすることもできます。チーズの味わいが、今まで以上に感じられると思いますよ。
ショウガ特有の太い繊維も楽にカット
飯田:ショウガは繊維が強く、おろしにくい食材です。しかし、エバーおろしは繊維をしっかりと断ち切るので舌触りがやわらかく、水っぽくない仕上がりになります。
一般的なおろし金(右)と比べて、エバーおろし(左)でおろしたショウガの面はつるつるで繊維が残っていない
飯田:見た目だとわかりづらいかもしれませんが、相当きめ細かくおろされています。水の中に落としてみると、違いは一目瞭然ですよ。
エバーおろし(左)と一般的なおろし(右)で比較
エバーおろしのショウガはひと粒ひと粒がとても小さく、細かい(左)。そのため沈むのが遅く、水がにごる。一般的なおろし金はショウガがすぐに沈んでいる(右)
上から見ると、エバーおろしでおろしたショウガは全体的に混ざっていることがわかる(左)
飯田:細かいということは、それだけまんべんなく混ざるということなんです。なので、ジンジャーティーなどの飲み物や料理の隠し味に使うと、ショウガの味わいをより感じられますよ。
ニンニクの繊維も断ち切ってペースト状に
飯田:ニンニクは細かくおろせばおろすほど、しっかりと味や香りが出てきます。市販のチューブニンニクにはない風味を楽しめますよ。
ニンニクの向きを変えなければ、溝が生まれてしまう
飯田:日本式のおろし金だと、ギリギリまで削ると指や爪を傷める危険性があり、怖いじゃないですか? もちろん、エバーおろしもケガのリスクがないわけではないですが、極限まで刃が寝ているため、日本式のおろし金よりはギリギリまで削れると思います。ちなみに、受け皿にたまったニンニクにしょう油を垂らすだけで、立派なドレッシングの完成ですよ。
刃と受け皿は別々での購入も可能
飯田:お菓子作りの香り付けなどに使われるレモンも、軽くなでるだけでOKです。なお、レモンなどの柑橘類の皮は下の白い部分を削ると苦味が出てしまいます。そのため、表面だけを細かく削れるエバーおろしは最適のアイテムと言えます。
一般的なおろし金(左)とエバーおろし(右)
飯田:エバーおろしだと、細かいだけでなく、表面積も大きくなります。ということは、空気に触れやすくなるため、芳醇なレモンの香りをしっかりと引き出すことができるんです。
パラパラ具合がひと目でわかる出来栄え
飯田:発売から半年。現在は国内だけですが、いずれは海外のシェフやパティシエにも使ってもらいたいです。納得してもらえるだけのポテンシャルは持っていますから。
ちなみに、今回の食材以外にもチョコレートやアーモンド、ヤマイモ、ニンジン、わさび、バターなど、あらゆる食材を細かく、ふわふわにおろしてくれます。ただ、定番の大根は細かくなりすぎてしまい、水っぽくなってしまうため、ご注意ください。
究極のふわふわを求めた、至極の逸品「エバーおろし」。これ1つで、毎日の食事がより楽しく、おいしくなりそうだ。
【取材協力】
飯田屋
https://kappa-iida.com/
1991年生まれ埼玉育ち。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。https://twitter.com/onoberkon