FiiO(フィーオ)Electronicsは、2007年に中国で設立された世界最大級のポータブルオーディオメーカー。DAP(デジタルオーディオプレーヤー)類の企画開発が得意としていますが、据え置きを前提としたDAC機能が中心のモデルへの取り組みも積極的です。
Bluetoothレシーバー兼USB-DAC「BR13」のレビューをお届けしたばかりですが、本稿ではリーズナブルな価格で高品質な据え置き型ヘッドホンアンプ兼USB-DACとして開発されたであろう「K11」をお預かりし、いろいろなシーンでの使い勝手を試してみます。
「K11」の主要スペック
●入力端子:USB Type-C、デジタル音声入力2系統(同軸、光)※同軸端子は入出力兼用
●出力端子:デジタル音声出力1系統(同軸)、アナログ音声出力1系統(RCA)、ヘッドホン出力2系統(6.3mm、4.4mmバランス)
●対応サンプリングレート/量子化ビット数(USB Type-C):最大384kHz/32bit(PCM)、最大11.2MHz(DSD)
●寸法:147(幅)×133(奥行)×32.3(高さ)mm
●重量:約407kg
本体は、上から見るとほぼ13cm四方。前面ノブ分だけ奥行きが長いため、公称値は147×133mmとなっています。「Apple TV 4K」と「Mac mini」の中間のようなサイズ。
「Apple TV 4K」(左)とのサイズ感比較。ここまで小さくても384kHz/32bitまでのハイレゾ対応や4.4mmバランスヘッドホン出力の搭載など、スペックは充実しています
電源は、同梱のACアダプターから取ります。電源をつなぐと、天面のロゴがペンライトのように色を変えながら点灯し「何じゃコレ」と思ったら、初期設定ではなく、本来は色で入力サンプリングレートの違いを区別できるのだと後に知りました。
電源を入れると天板のRGBインジケーターは青色に点灯。周期的に変色するように設定もできますが、USB/光/同軸入力時にはサンプリングレートに合わせて色を変えます(48kHz以下で青、以上で黄色、DSDで緑)。
前面ディスプレイはVA液晶とのことですが、サンプリングレートと音量表示が大きく表示されて見やすい。入力、出力などモードを切り替えるたびに、用途に合った表示に変わります。
操作はディスプレイ右側のノブ一本。回せば音量操作、ワンクリックで「入力」切り替え、ダブルクリックで「出力」を切り替えます。
「K11」はスマートにデスクトップシステムを組むのに適していそうです
ヘッドホンアンプでありながら、“排他的に”ライン出力(RCAアナログ音声出力)に切り替えてDACプリとしても使えるのが面白いところ。プリメインアンプにオマケとしてヘッドホン端子が付いているのとは真逆です。
また、ヘッドホン出力とライン出力の音量を別々に記憶しており、スピーカー試聴に切り替えたとき急に爆音! という心配がないのが地味にうれしい。一般的なプリメインアンプではそうしたことはできないことが多いのです。
リアパネルには、左からACアダプターにつなげる電源入力、USB Type-C、光デジタル入力、同軸デジタル入出力(テストでは入力として使用)、アナログ音声出力を備えます
ざっと触ってみて、デスクトップまわりをすっきりさせたいPCユーザー、バランスヘッドホン出力を使いたいヘッドホンマニアが、時折アクティブスピーカーとも組み合わせて使う製品かな、と推察して試聴スタートします。
重要なのは、デジタルフィルター。ノブを2秒長押しすると設定メニューが現れ、「FILT」で6通りに切り替えできます。これが結構“味変”ならぬ“音変”するので、楽しいけれど要注意!
以下の試聴結果は、基本的に、オーバーサンプリングしない設定(6.ノンオーバーサンプリングフィルター)でのインプレッションです。それ以外に「1.ミニマムフェイズファーストロールオフフィルター」「2.ファーストロールオフ、位相補償フィルター」「3.ミニマムフェイズスローロールオフフィルター」「4.スローロールオフ、位相補償フィルター」「5.広帯域フラットフィルター」が適用できます。
シャキッとさせたり、響きを増やしたり、そのあたりは好みで選んでいただければよいのですが、あまり響きを大きくすると、ソースによっては音が濁ったように聴こえてしまいます。したがって“要注意”なのです。私はゲームをしませんが、もしかしたらゲームの効果音として聴き取りやすかったり、テンション上がったりするモードが見つけられるかもしれません。結論だけ言っておくと、個人的には「1」がすっきりして好ましく感じました。
フィルター切り替えは6通り用意されます
まず、ヘッドホンアンプ/DACとしての実力をチェックするため「K11」のUSB Type-C入力と「MacBook Air」(M2、2022)をつなぎ、音楽再生ソフト「Audirvana」で音楽ファイルを再生します。
組み合わせたヘッドホンは、同じFiiOの「FT5」。いわゆる平面磁界ドライバーを使ったヘッドホンです。ブランド初の平面磁界ドライバーとのことですが、クリアでストレスなく伸びる高域と誇張感のないサウンドは、コンデンサー型や独beyerdynamic(ベイヤーダイナミック)製品のような趣があります。36Ωと低インピーダンスで、しかもこの内容にしては安い! バランス/アンバランス接続に合わせた各種アダプターが同梱されているのも助かります。
FiiOの「FT5」
「FT5」に付属するアダプターを使い、バランス/アンバランス接続を試します
ゲインはノブ2秒押しで「設定」から「GAIN」=M(3段階ある中間)でスタート。まず、アンバランス接続で聴きますと、大貫妙子「Tema Purissima」(DSD2.8MHz)では大貫の声がセンターでとても張り出してきます。Eight Island Recordsのチックコリアトリビュートジャズアルバム「Spirits of Chick Corea」(96kHz/24bit)も、音色はややウォームで、各楽器が「俺が俺が」と前に出てくる印象です。これは、後述のスピーカー試聴のサウンドに近いと感じました。
比較的安価なヘッドホンアンプ兼USB-DACでも4.4mmバランスヘッドホン出力を持っているのがポイントです
次に、4.4mmバランス接続をすると、大貫のボーカルはアンバランス接続より若干距離を取る感じで、少し客観的に聴こえました。「Spirits of Chick Corea」は、残響の消え際がすーっと自然に伸びるいっぽうで低音がカッチリし、アタック感が増す印象。演者の息づかいやクラリネットのリップノイズがハッキリ聴こえるほどモニター調です。これはイイ!
今度は拙宅のプリメインアンプAccustic Arts「Power1 MK3」にアナログ音声(RCA)出力し、スピーカーKEF「Reference5」で鳴らします。このときノブをダブルクリックして、出力を「PO(Phone Out)」から「LO(Line Out)」に切り替えます。
「K11」の音量は最大の「99」とし、プリメインアンプで音量調整をします
大貫妙子「Tema Purissima」は、さすがにフルサイズの高級コンポのような前後の立体感は乏しいものの、上品かつ滑らかにDSDらしく再生できました。「Spirits of Chick Corea」では、マリンバが複雑に入り乱れる場面を除けば各楽器の響きがきれいなところをうまくすくい取っています。低音域は、地をはうようにどこまでもズーンと細く長く伸びるというより、美味しいエリアであえて寸止めしている印象。ただし引き締まっているので心地よく、ジャズらしいグルーヴにあふれています。
全体的な印象はヘッドホン試聴時と同様で、余計な味付けがない素直な音。ボーカルやクラリネットの高音域の伸びが爽やかです。何より、安い機器にありがちな不安定な動作が一切なく、安心してオーディオ機器につなげます。これで2万円は驚きです。
「K11」が搭載しているDACチップはシーラス・ロジック製「CS43198」。PCMは384kHz/32bit、DSDは11.2MHzまで対応できますが、「K11」をMacに接続した場合、DSDは5.6MHz(DSD128)までの対応となります。DSD11.2MHzを再生したい場合はWindowsとの組み合わせを検討しましょう
「K11」にはBluetoothのようなワイヤレス音声入力の手段がありません。そこで、USB Type-C入力を使い、今度はウォークマン「NW-ZX707」をソースとして、手軽にオーディオシステムで再生する方法を試してみましょう。
「K11」のUSB Type-C端とスマートフォン/DAPとをつないで、DACとして使うこともできます
ウォークマンの「DSEE Ultimate」や各種イコライザー類がオフになる「ソースダイレクト」とすると、ソース特性に合わせた誇張感のないやわらかいサウンド。「NW-ZX707」が持つディスクリート再生能力と「K11」のすぐれたチャンネルセパレーションが相まって、センターのボーカルが明瞭に定位するいっぽうで、音場としてはL/Rスピーカー外にまで広がり、グンと見晴らしがよくなります。ソースごとの明らかな違いがわかるのはすばらしい。
たとえばBABYMETALはヘヴィーメタルらしくシャキシャキで刺々しく、大貫妙子では一転してオーケストラをバックにエコーがかったボーカルをやさしく奏でます。アリソン・バルサムのトランペットは、教会に高らかにやわらかく響きます。特にチックコリアのトリビュートジャズ「Crystal Silence」のクラリネットとボーカルの高音域の伸びは、天国のチックコリアに届かんとする祈りが感動的です。どんなソース、フォーマットにも対応できる柔軟性も魅力です。
今回いちばん試してみたかったのは、アクティブスピーカーとつないだデスクトップシステム。手の届くところに「K11」を置き、入力から音量まですべてコントロールできる“デジタルオーディオハブ”としての役割を担わせようというものです。
FOSTEXのアクティブ(アンプ内蔵)スピーカーを組み合わせて、「K11」を核としたデスクトップシステムを構築してみます
卓上で使えるアクティブスピーカーといえばやはりこのブランドということでFOSTEX(フォステクス)のPMシリーズをチョイス。「K11」の価格からすると比較的リーズナブルなものを選びたい、かといって音質に妥協したくない……。そこで選んだのが「PM0.5d」と「PM0.4c」です。どちらもアナログ音声入力(RCA)を持つので、「K11」からアナログ音声出力(RCA)で接続すればよいだけ。これらのスピーカーの音量調整ノブはリア側にあるので、音量調整は手元の「K11」でコントロールできるのが大変便利というわけです。
「PM0.4c」(左)と「PM0.5d」(右)。どちらもスタンダードな2ウェイスピーカーです。「PM0.5d」の価格.comの最安価格は1本の表示。ペアで使うには2本購入する必要があります
左がバイアンプ駆動の「PM0.5d」。L/Rスピーカーどちらも電源が必要になります。いっぽう、右の「PM0.4c」はアンプが片側(Rch)だけに入っているため、電源供給は1系統だけで済みます
「PM0.5d」は13cmウーハーと19mmソフトドームツイーターをそれぞれ35W、23Wのデジタルアンプでバイアンプ駆動しているのに対し、「PM0.4c」はアンプとコントロール部を片側(Rch)に寄せて搭載、10cmウーハー+19mmソフトドームツイーターを30Wのアンプひとつで駆動しています。
両者は基本的にはユニットサイズ違いのアナログ接続アクティブスピーカーですが、どちらもFOSTEXらしい、奥へ奥へと拡がる広い音場感、特に交響曲で感じる各楽器の位置がきちっとわかる定位感、モニタースピーカーでありながら長時間でも聴き疲れしないマイルドで繊細なタッチは、やはり予想どおり、このDACプリアンプ「K11」と大変マッチしています。
価格差はかなり大きく、「PM0.5d」は旧世代ながらもバイアンプ駆動とあって有利なことは間違いないのですが、通常聴きの中小音量なら「PM0.4c」で十分すぎるほど美しい音場を描きます。
もっとも、ちょっと音量を上げて最近のポップスなどをマッシブに聴きたいときは「PM0.5d」の押し出しはさすがで、この価格でこのサウンドをほかに求めるのはかなり難しいでしょう。
なお、「PM0.5d」は生産完了で在庫限りとのことなので、格安で耳なじみのよい、しかしきっちり音場と楽器が描けるアクティブスピーカーを探している人はお早めに。
最後に、「iPad」と組み合わせてミニシアター構築も試しました。「iPad」(第10世代)を「K11」とUSB Type-Cケーブルでつなぎ、Amazonプライム・ビデオを視聴、スピーカーは引き続きFOSTEX「PM0.4c」とします。どちらもUSB Type-C端子なので、変換コネクターなど使わなくても済むのは楽ちんです。「ヘッドホンに接続しますか」と尋ねられるので、はいと答えるだけ。
スマートフォンやDAPをつなぐ場合と同様、「iPad」をUSBケーブルで接続。FOSTEXのアクティブスピーカーを使い、小さな映画鑑賞環境を作ります
10.9インチの画面上にギュッと凝縮されたファントムサウンド。「葬送のフリーレン」では、ニアフィールドリスニングの楽しさ満点。背景の効果音は画面の裏側までぐるりと回り込むようで立体感があり、セリフがとてもリアルに張り出して、作品に集中できます。オープニングのYOASOBI「勇者」とエンディングのmilet「Anytime Anywhere」も、至近距離で歌っているかのような生々しさ。この「K11」は、ボイシングに刺々しいところがないのがいちばんの美点です。
「K11」は、触れ込みどおり、ヘッドホン出力におけるバランス駆動のメリットを強く感じさせるヘッドホンアンプでした。しかも、ほとんどのハイレゾサウンドを破綻なくD/A変換できるDACとしての実力もあり、デスクトップシステムの核としても十分活用できる懐の深さを感じました。
天板のLEDは虹色に輝かなくてもよいので、デジタルフィルターをもう少し洗練させるほか、ウォークマンの「ソースダイレクト」のようなモードを導入してもらえるとさらなる高みが見えそうな製品でした。今後の製品にも期待したいと思います。